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博多太郎の単身赴任日記

番外編 博多の休日

~ホークス、アビスパ、薬院、警固。そして、やっぱり酒。~

土曜日。目覚ましは鳴らない。正確には、鳴るようにセットしていない。午前10時18分。目が覚める。天井を見る。静かだ。電話も鳴らない。「……休みか」そう。今日は休み。48歳、人生初の一人暮らし。これまでの土曜日なら、家族の予定、買い物、娘の用事、妻からの指令。「これ買ってきて」「これやっといて」「今日は何時に帰ってくるの?」そんな言葉が飛び交っていた。しかし今は違う。何もない。自由だ。「……素晴らしい」布団の中で、もう一度寝る。10時18分。10時31分。10時46分。そして11時02分。「腹減った」自由には、腹が減るという副作用がある。薬院の部屋を出る。今日の予定。ホークス観戦。その後、アビスパ福岡。つまり、

野球からサッカーへのスポーツ観戦ハシゴ。

我ながら充実している。いや、充実しているように見える。駅へ向かいながらスマホを見る。家族のLINE。妻から。「ちゃんと起きた?」娘から。「パパ、生きてる?」……。48歳。父親。一応、管理職。しかし家族からの信用は、野良猫と同レベルらしい「生きてます」返信。すぐに妻から、「野菜食べてる?」来た。早い。休日の朝から健康管理。「今日は食べます」送信。本当はまだ何を食べるか決めていない。娘から、「何食べるの?」「まだ決めてない」すると、「どうせラーメンでしょ」……。娘よ。父親をよく分かっている。

ホークス観戦。

球場に入る。まず目に入ったのは、選手でもなく、スコアボードでもなく、ビール売りのお姉さん。「……お願いします」早い。自分でも驚くほど早い。一杯目。「うまい」休日の昼。野球。ビール。完璧である。「これが単身赴任の醍醐味だな」誰に言うでもなく、つぶやく。試合が盛り上がる。「いけー!」「打てー!」「よっしゃー!」知らない隣の人と盛り上がる。気づけば二杯目。三杯目。「……野菜は?」ふと、妻のLINEが頭をよぎる。「まあ、ビールは麦だからな」自分でも意味が分からない。試合終了。時計を見る。「次、間に合うな」

アビスパ福岡。今度はサッカーだ。

野球からサッカー。普通なら移動だけでも大変だ。しかし博多太郎、なぜか元気。いや、ビールで元気。スタジアムへ向かう。アビスパのサポーターの熱気。応援がすごい。チャントが響く。太郎も負けじと声を出す。「いけー!」「走れー!」「そこだー!」隣のサポーターも熱い。「よし!」「惜しい!」「入れー!」完全に仲間である。しかし太郎、ふと考える。「俺、選手の名前、何人知ってるんだ?」……。「まあ、気持ちだ」スポーツ観戦は気持ち。たぶん。

試合が終わる。

外はもう夜。腹が減った。当然である。今日は一日、座って、飲んで、叫んで、また座って、また飲んだ。にもかかわらず、腹は減る。人間の体とは不思議だ。「焼き鳥、行くか」向かう先は薬院。自分のホームグラウンドである。焼き鳥屋に入る。カウンター。「生ください」また早い。店員さんが、「お疲れさまでした」と言ってくれる。太郎、「いやぁ、今日は疲れました」と言う。心の中では、ほとんど遊んでいただけなのだが。焼き鳥。ビール。うまい。隣の客の会話が聞こえる。「今日、ホークスどうだった?」太郎、心の中で答える。「見ました」なぜか自分が福岡県民になった気がする。

店を出る。

少し歩く。警固方面へ。薬院から警固。近い。そして危険。なぜ危険か。店が多い。バー。居酒屋。焼き鳥。餃子。ラーメン。そして、「ちょっとだけ飲んでいくか」と言わせる店が多すぎる。警固は、博多太郎にとって、誘惑の街。「一杯だけ」そう言って入った店で、一杯。二杯。三杯。時計を見る。「……まだ10時か」まだ10時。しかし体感は午前2時。一人で飲んでいるのに、妙に楽しい。これが単身赴任なのか。誰にも、「もう帰ってきなさい」と言われない。誰にも、「飲みすぎじゃない?」と言われない。誰にも、「明日も仕事でしょ」と言われない。「……自由だな」グラスを持ち上げる。

また店を出る。

少しフラフラする。薬院方面へ歩く。すると、ラーメン屋。止まる。見つめる。「……。」ラーメン。「……今日はもう食べたか?」記憶をたどる。昼。ビール。夜。焼き鳥。警固。酒。そして今、ラーメン。「まあ、今日は特別だ」何が特別なのかは分からない。入店。豚骨ラーメン。ネギ。チャーシュー。細麺。「……うまい」一口。二口。そして替え玉。「……。」妻のLINEを思い出す。「野菜食べてる?」太郎は、堂々と返信する。「ラーメンにネギ入れました」送信。数秒後。娘から。「それ野菜じゃないから」……。「ネギは野菜だろ」小さく反論する。しかし、既読はつかない。完全に負けた。部屋に戻る。時計は23時47分。靴を脱ぐ。風呂。そしてTシャツ一枚。誰にも怒られない。冷蔵庫を開ける。ビール。「……まだある」一本取る。ソファに座る。今日を振り返る。ホークス。アビスパ。焼き鳥。警固。ラーメン。ビール。「……休日、満喫したな」満喫した。間違いなくした。ただ、一つだけ問題がある。妻からのLINE。「明日は?」太郎、しばらく考える。「明日はゆっくりします」送信。すると娘。「どうせまたスポーツ見に行って飲むんでしょ」……。図星である。「まあな」返信。そのあと、妻から一言。「ちゃんと楽しんでね」太郎、スマホを見つめる。少しだけ静かになる。東京にいる家族。福岡にいる自分。離れて暮らしている。寂しくないと言えば嘘になる。でも、こうして好きなことをして、福岡の街を歩いて、仕事をして、酒を飲んで、一人で笑っている。「まあ……悪くないか」ビールを一口。そして、もう一度LINEを見る。妻から。「でも野菜は食べなさい」……。最後までそれか。「はいはい」48歳。人生初の一人暮らし。自由だけど、完全な自由ではない。東京から、ちゃんと監視されている。そして、その監視が、ちょっとだけありがたい。

時計を見る。

23時58分。「もう寝るか」そう言って立ち上がる。冷蔵庫を見る。ビールが一本。「……。」少し考える。「明日は休みだしな」プシュッ。開けた。博多太郎の休日は、まだ終わらない。

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